
LQとは?
あの有名なジャック・マー(中国の巨大EC企業アリババグループを一代で築き上げた)が言ったことでも有名な言葉です。
LQ(Love Quotient)とは、
一言で言ってしまえば
「優しい人になりましょう」
「人間(自分や他者)を大切にすること」
ということ。
そしてこの考え方は、力でもあるのです。
こんなふうに定義だけ言うのは簡単ですが、
それで心の底から理解・納得し、なんなら
面白い!と感じることはまずないでしょう。
だからこそ、愛を本当に知りたい人は、
この先をどうぞお読みくださいね。
しにたいほどの孤独、愛情不足
突然ですが、私は33歳の時、
本気でしにたくなったことがあります。
独りでこの世から消え去るしかない、
だからどうしたらしねるか、楽にしねるか、
シミュレーションし、しぬ計画していました。
ですが、実行できませんでした。
なんやかんや、怖かったのです。
想像もできない痛み・苦しみ、
そして途方もない虚しさが押し寄せました。
この世界でたった独りぼっち、
すべてから見放されたと感じていました。
それからしばらく
ボンヤリとしながら生きていました。
しねなかったけれど、
生きているとは言えない状態でした。
糸の切れた凧みたいな状態。
今の不安、将来の不安、あまりにも重荷だった
ちなみに状況としては、
その頃には心を病み会社を退職、
ぶらぶらと1ヶ月ほどニートをし、
家賃と最低限の生活のために
脳死同然で、派遣の仕事をしていました。
自分の経済状況だとか、
将来のこととか、確かに不安でしたが、
でも、究極は
もうどうでもいいやと思ってきたんです。
本当の本当に、もう生きられない、
生きることが厳しすぎると思ったら、
その時はお風呂場でしねばいいんだって
本気で思っていましたから。
仕方なく生きている中で、私は
「生きる意味って何?」
「私、何のために生きているの?」
とずっと問いかけて生きていました。
・・・実は今この記事を書いている
3ヶ月前の話になります。
3ヶ月前の私は、しんだも同然でした。
記事を書くこともおろか、
残そうとかいう気持ちもないし、
すべて無気力で、
食べて寝るだけの人間でしたよ。
あともう、愛を求めるのみ
ですが今、
私はこうして生きています。
そして、なんとこのサイトをつくり、
こういった記事を何故か書いています。
「ん?どういうこと!?」
って思いませんか・・・?何この変化と。
事実だけを言います。
人生のどん底を味わったら、
あとは上がるだけです。
それを知りました。
だから、今の私がいます。
上がるというか、
登るの方が近しいかもしれません。
どん底を知って、どうにか生き、
そして理解した感覚です。
ちなみに、しんだら終わり。
だから、どん底。
その手前、限りなき底だから、
これ以上の下はもうないから。
で、何が言いたいのかというと
どん底まで落ちたら、
あとは愛を追い求めなさいってこと。
すると、やっとその時に
自分を大切にすること、
他者を大切にすることができます。
スイッチを押すように
切り替わるわけではないけどね!
急になんか綺麗事が出てきた・・・
と思う方もいるかもしれませんが、
正しくは、綺麗事ではなく、綺麗な事です。
違いがわかりますか・・・?
愛がわからないと
綺麗な事もわからなくなるんです。
それほどまで苦しいから、
しにたくなるのです。絶望するのです。
愛を求め、愛を与えること
実はどん底の頃、
とある年上の男性に
しにたいと相談していました。
この方は、
キリスト教会の牧師さんでした。
だからか、死の話も
受け入れてくれると思ったんです。。
そこまで親しくもないのに、
私はしにたいと溢したのです。
今思えば、ここから変わりました。
色々とお話しした中で、
最も印象に残っていることがあります。
「他者に愛を与えると、
人生が変わりますよ」と。
これを聞いた時、
「はぁ!?」と思いました。
なぜなら、
私はしにたいと思っているのですから、
他者のことを思いやっている暇、
余裕などないのですから!
それでも、
牧師さんは「愛を与えなさい」と。
でもいきなり愛とか言われても、
ぶっちゃけ意味がわかりません。
そもそも私は
「愛って何ですか?」でした。
というか、確かにそう聞き返しました。
この後のことは覚えていませんが、
しっくりとした答えは得られませんでした。
今だからわかるのですが、
愛とは何か、誰かから
定義づけられて教わったところで
頭でっかちに理解するだけ。
この程度の知識では人生など変わらない。
人生なめんなって。
感じること。
でも、それだけではありません。
自分の意思をもって、
愛を求めることを決めるんです。
こっちの方が大事かもしれない。
「愛を追い求めなさい。また、霊の賜物を、ことに預言することを、熱心に求めなさい。(コリント人への第一の手紙 14:1)
聖書には
このように書かれています。
私はこの言葉を読んだ時、
ハッとしました。
自分が求めなければ、
愛はわからないと今なら言えます。
「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。 (マタイによる福音書 7:7)」
この聖書の言葉、有名ですよね。
聞いたことがある人もいるのでは?
これは欲望を叶えるための
魔法などではありませんからね。
求めるべきは、愛なのです。
それも、生涯をかけて。
それが生きる理由であり
生きる気力であり、力であり
豊かな心が持てるようになるのです。
愛を伝えることも、また愛である
そして、今この時に至ります。
サイトをつくったのも、
この愛を求めたからです。
本当に、3ヶ月前に
しのうとしていた人間なのか・・・?
正直、神様が私のことを
救ってくれたとしか思えないような
自分の内側から何かが変わったような
不思議な時の流れで生きています。
さらに聖書の言葉があるのですが、
「エルサレムの娘たちよ、 わたしは、かもしかと野の雌じかをさして、 あなたがたに誓い、お願いする、 愛のおのずから起るときまでは、 ことさらに呼び起すことも、 さますこともしないように。(雅歌 3:5)」
こちらは
私の大好きな大好きな言葉です。
このサイトの冒頭にも
掲載しているほどの、
私の心の奥底を潤す
命の言葉も同然なのです。
愛のおのずから起るときまでは、
ことさらに呼び起すことも、
さますこともしないように。
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ここまで読んでくださった方ならば、
LQ(Love Quotient) が何なのか
なんとな〜く
理解したのではないでしょうか。
他者の言葉で、真に理解するのは
究極的には無理な話ではあります。
感じることはできても、
愛を求めるという
自発的な思い・求めからでしか
本当には始まりませんから。。
そんなわけで、
愛は命を救い、
生きる意味を与え、人生が動きます。
そして、新しいことにも挑戦できる。
というか、
人生が豊かになるも同然かもしれない。
人生最高の知恵なのです。
いやはや、もはや
力(パワー)なのかもしれません。
聖書では、愛は神様とも書かれています。
ね、いいお話だったでしょうか?
新しく生きましょう!
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愛をもって、
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ぜひこれからもご覧くださいまっし。
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